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東京地方裁判所 昭和28年(ワ)3066号 判決 1955年6月21日

原告 角田源次郎

被告 学校法人麹町学園

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、請求の趣旨

「被告が昭和二十八年三月二十八日原告に対してなした解雇の無効であることを確認する。被告は原告に対し金一万七百円を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」

との判決竝びに右金員支払を求める部分につき仮執行の宣言を求める。

第二、請求の趣旨に対する答弁

請求棄却の判決を求める。

第三、請求の原因

原告は昭和十年十月二十日被告の使丁として期間の定めなく雇傭せられ、爾来十八年間忠実に勤務し、昭和二十八年一月一日以降毎月賃金一万七百円を支給せられてきたところ、被告は同年三月二十八日原告に対し解職の辞令を交付して解雇の意思表示をなし、原告の労務提供を拒否し、昭和二十八年四月分の賃金の支払をしない。しかしながら右の解雇の意思表示は次に述べる理由により無効であつて原告と被告との雇傭関係は消滅していないから、これが確認ならびに右未払賃金一万七百円の支払を求める。

(一)  原告には何らその責に帰すべき事由がないのに拘らず責に帰すべき事由ありとして労働基準法第二十条第一項に定める平均賃金の支払をなすことなく即時解雇をなしたものであるから無効である。

(二)  仮りに原告の責に帰すべき事由があり右の平均賃金の支払を要しない場合であつても前同条第三項により行政官庁の除外認定を受けた後解雇の意思表示をなすべきであるのに右の手続が履践されていないから無効である。

(三)  仮りに以上の主張が理由ないとしても右解雇の意思表示は正当な解雇理由がないに拘らず故意に事実を捏造して不当に行われたもので権利の濫用に当り無効である。

即ち本件解雇の意思表示のなされるに至つた理由は次のとおりである。被告は以前から訴外地主円成院より東京都北多摩郡小平町野中新田八七二番、八七三番の農地を借受け被告の経営する学校の農事指導の目的に供していたが、昭和二十年一月頃原告は被告から右借地権を譲り受け耕作していたのに拘らず、被告は右農地に対する借地権を有すると称しこれを訴外西武鉄道株式会社に対し高価に売却しようと企て原告に対し右借地権の譲渡を承諾しなおこの附近にあつた原告所有の農地住宅等をも同訴外会社に売却するよう勧告したが原告がこれに応じなかつたのでこれを不満とし何ら正当な解雇理由がないのに本件解雇の意思表示をなすに至つたものである。

第四、請求原因に対する答弁

原告が被告の使丁として雇われ約十八年に互つて勤務してきたこと。昭和二十八年一月以降の給料手当等が月額一万七百円であつたこと。及び被告が昭和二十八年三月二十八日原告に対し解職の辞令を交付し解雇の意思表示をなしたことは認めるがその他の原告主張事実はすべて争う。

一、原告に対する解雇の意思表示は原告の責に帰すべき事由があつたのでこれにより即時原被告間の雇傭関係は終了したのであるその解雇理由は次のとおりである。

被告は昭和十六年春頃東京都北多摩郡花小金井附近にある農地八反余を訴外西武鉄道株式会社より無償で借り受け学校農園を始めたので、原告を転勤させ右農場の管理人としたのであるがその後昭和十八年十月頃被告の学校の生徒による右農場の耕作を廃止し爾後原告にこれを耕作させていた。そして昭和二十四年二月再び管理人から使丁に転勤させたがこの一、二年位前よりその勤務成績その他について原告の行動にはとかくの風評があつたので被告の理事らは真面目に勤務するようまた不都合な行為のないよう屡々戒告を与えていたのである。

(一)  ところが昭和二十五、六年頃より被告の経営する学校の備品貯蔵品又は生徒の所持品、靴等の紛失事故が続出したので、被告は夜間休日退校後は厳に錠をかけ宿直、日直員には特に注意させていた。その紛失品の内訳は次の通りであつた。(1)鉄筋校舍三階倉庫に施錠し保管していた生徒用椅子、机の修理材檜板長さ三尺幅、四寸もの十六枚、(2)地下室に保管していた檜床板リヤカー一台分、(3)練瓦三、四十枚、(4)電線コード八間分、(5)中古トタン十数枚、(6)石炭八、九俵(昭和二十六年冬竝びに昭和二十七年秋)(7)施錠した割烹室に保管しておいたアルマイト鍋中、小、ボール三、皿中十七枚、丼六、盆大一、(8)大型バケツ、(9)生徒の衣類、金銭靴等若干、座蒲団三枚、(10)一升入食用油罐、ペンチ二、鋸一、(11)丼九十個(バザーの売店に使用したもの)さらに、(12)昭和二十八年三月被告の学校教員室において鈴木民外三名の教員がそれぞれ自己の机の上においたハンドバツク、カバン等より合計一万五千四百円が抜きとられ、(13)同月十二日昼間被告学校小使室において使丁永井賢吾所有の弁当袋の底に入れておいた千七百円が紛失した。そこでその由所轄警察署に届出でたが犯人を検挙するには至らなかつた、しかし前後の事情から原告の所為と思われたので秘かに調査したところ前記の紛失物件のうち(1)の檜板十六枚(2)の檜板(3)の練瓦(5)の中古トタン(6)の石炭の中大形リユツクサツク二袋分(7)のアルマイト鍋等全部(8)の大型バケツ(9)のうち座蒲団は原告が窃取したものであることを確認した。

(二)  原告は昭和二十七年春頃被告の出入商人葛谷薪炭商と結托して被告のために薪十把を買入れた旨を装つて被告より代金名義で四百八十円を支出させて騙取しようとしたが、被告において覚知するところとなりその支払を拒絶した。

(三)  原告は昭和二十五年頃より当時被告校舍の窓硝子修理を担当していたので硝子屋と結托し硝子屋をして一枚につき十円乃至二十円高く代金を請求せしめその差額分を自ら取得していた。

(四)  被告は昭和二十八年二月頃前記農園を廃止しなければならなくなり所有者に返還することとなつたが、そのため現に耕作していた原告より離作を承諾する旨の誓約書をとるべく誓約書原稿を手交して記名捺印を求め、承諾できないときは原稿を返還するよう命じておいたところ、度々の催促に拘らず記名捺印もせず返還もせず、被告理事長の命令に違反している。

(五)  原告は常に校務を怠り、教職員より命ぜられた校務について聞流して用を弁じないことが屡々あり、二三の教員よりそのことについて苦情があり勤務成績も甚だ悪かつた。

(六)  原告は昭和二十七年春頃被告の経営する高校三年女生徒に対し猥らな書画を秘に見せたことがあつたので父兄より学校長に対し原告のような小使をなぜ解雇しないかとの厳重抗議がなされた。

以上のように原告の責に帰すべき事由に基いて原告を解雇したのであるがなおその後調査の結果さらに

(七)  原告は江森工務店主が昭和二十六年十月頃被告の依頼により工事をし被告所有の練瓦三十枚を使用した際原告の所有物であると偽り、同人より金三百円を詐取した。

(八)、昭和二十六年十一月頃より被告はピアノと音楽教室を響友会合唱団に対し賃料月千円の約束で賃貸していたが、原告は同合唱団に対し、被告の要望であると称して月二千円の値上を要求して昭和二十七年暮頃より昭和二十八年三月頃まで毎月二千円宛受領し千円宛領得していた。

事実が判明したのでこれらをも解雇事由として追加主張する。

二、本件解雇の意思表示は以上のとおり原告の責に帰すべき事由に基いてなされたものであるから労働基準法第二十条第一項但書後段により同条所定の平均賃金の支給をする必要はないのであり、被告が所轄労働基準監督署長の解雇予告手当除外認定を受けないで解雇したのであるけれどもこのことにより解雇が無効となるわけはなく、しかも被告は昭和二十八年六月四日附で所轄行政官庁に除外認定申請をしているから原告の(一)、(二)の主張は理由がない。

三、仮りに本件解雇の意思表示が即時解雇の効力が生じなかつたとしても被告は原告に対し解雇予告手当ならびに休業手当として一万六千九百五十七円を送金し右は昭和二十八年五月二十八日原告に到達したから同日をもつて解雇の効力を生じたものである。

四、次に被告は前記二に掲げたとおり原告の責に帰すべき事由により解雇したのであるが、元来被告学園においては教職員に関し成文の就業規則はないけれども昭和八年五月理事会の決議により(イ)学歴を偽つたもの(ロ)風紀を乱し又は勤務不良のもの(ハ)上司の命に従わないもの(ニ)学校に損害を与える行為をしたもの(ホ)以上の各号に準ずる行為をしたものは理事会の決議により諭旨又は懲戒解雇することができることを定めたのであつて、原告を使丁に採用した際に右の趣旨を諒承させた。従つて前記二に掲げた各号の各所為のうち(一)(二)(三)は右(ニ)に(四)(五)は右(ハ)に(六)は右(ロ)に該当するので被告は昭和二十八年三月二十四日理事会を開き協議の結果全員一致して原告を解職したのであるから正当な解雇理由に欠けるところはない。

第五、被告主張に対する反駁

一、原告の責に帰すべき事由として被告の主張する事実中原告が被告主張の誓約書原稿を被告に返還しないことは認めるがその余の主張事実は争う、殊に原告は後述のように誠実に勤務し被告の教職員たる上司に対しても忠実であつて、その命令に違反したことはない。また原告は被告が前記のとおり円成院から借受け農業指導実修用地とした際、農地の管理人兼指導員となつたが昭和二十年一月頃より右耕地よりの生産物は被告に提供することとし耕地一切を任せられたので、その耕作権者は原告である。そこで原告は右の趣旨に従い昭和二十三年十二月以降は子の賢二にも担当せしめて農業に従事していた。さらに原告は前記のように十八年間勤務してきたのであるがその間一日の欠勤もなく精勤し、被告はその功績を賞し昭和二十五年十一月原告を表彰したほどであつて勤務成績不良であるというのは事実に反する。即ちこれが事例を列挙すれば次のとおりである。

(A)  校長に対し

(イ) 昭和二十三年六月頃当時被告の会計係福島某が校長の学校経営方針中経理上疑問の点ありとし全職員竝びに生徒までも糾合して会計上の調査をしたことがあるが前記学校農園の調査については原告がその責を負い何事もなく円満に解決した。

(ロ) 校長の食糧不足を補うため米麦野菜果実鷄卵等を合計百九十回余に亘り持参し毎年十二月には餅米を持参し餅にして置いてきた。

(B)  山下副校長に対し

山下副校長は昭和十八年頃被告学校を辞任し同二十二年頃就任の希望があつたので原告は校長の信任厚いところからこのことを校長に依頼したところ被告は一度就任したものを絶対に再採用せぬのであるが原告の願であるからというので昭和二十三年採用し現に副校長の職にありしかも当時住宅がなかつたので約三ケ月間無料で下宿せしめた。

(C)  森理事の妻茂子に対し

被告理事森数樹は昭和二十三年頃妾を蓄えその妻茂子はこれに煩悶していたが原告は元来日蓮信者であつたので同人に対し邪念を去ることが精神的解決の最良策であることを勧めた結果茂子から大いに感謝され謝辞を受けており、その後同人は夫の女道楽に耳を藷さなくなつたと常に口外している。なお森理事の妾も何回か原告方に野菜をとりにきている。

(D)  その他の職員に対し

食糧不足の教職員に対しては自己の食糧を割いてもこれに応じていた。

二、被告主張のような就業規則はなく、原告が雇傭せられた際も被告主張のごとき労働条件を明示せられたことはなく、右のような労働条件の存在を知るものは雇人もいない。

三、被告からその主張の送金を受けたことは認めるけれども、右は株式会社千代田銀行麹町支店長振出の小切手を原告宛郵送してきたもので通貨をもつてなされていないから有効な支払とはならない。

第六、証拠<省略>

理由

原告が被告の使丁として傭われ約十八年勤続し、昭和二十八年当時給料手当月額一万七百円を支給せられてきたところ、被告が同年三月二十八日原告に対し解職の辞令を交付し解雇の意思表示をなしたことは当事者間に争いない。

ところで原告は右の解雇の意志表示は無効であつて、原告と被告との解雇関係は消滅していないと主張するので以下この点について判断する。

一、原告は本件解雇の意思表示は同時に三十日分の平均賃金の支給がなされていないから無効であると主張し、被告は労働基準法第二十条第一項但書後段に該当する場合であるから右平均賃金の支給を要しない場合であると主張する。

ところで労働基準法第二十条、第一項但書後段に所謂労働者の責に帰すべき事由とは、当該雇傭関係の実態に即して考察し、予告もなさず、予告手当も支給しないで即時解雇されてもやむを得ないと考えられる程度に重大な職務違反または背信行為が労働者側にあつた場合を指称するものと解すべきである。

よつてこの観点に基づいて考察するに証人森数樹同大築仏郎同菅野幸同中野五郎松同永井賢吾同小林武次郎同蛭田安義の各証言によると被告は学校法人で学校を経営し原告はその学校に使丁として雇われて宿日直等の職務にも従事していたものであるところ、右学校においては昭和二十五、六年頃より備品、貯蔵品又は生徒の所持品靴等も時々紛失したので、被告は戸締りを厳重にし宿直日直員等にもその防止に遺憾のないよう注意を喚起し、対策に腐心していたのであるが、昭和二十四年五月から同二十八年三月頃まで被告学園の校舍の一部取毀し等の工事を請負つた左官業小林武次郎において第一回の校舍取毀し工事の際原告は校舍の材料である古トタン十数枚(六坪位)を無断で持去つたこと、及び昭和二十七年秋頃原告は被告学園からその所有の大ばけつ一箇を無断で持去つたことを認めることができる。なお被告主張の第四の一掲記の原告の所為についてはこれを認めるに足る証拠がないけれども学校教員室において教員の現金が紛失した際教員室に終始いたものは原告のみであり、捜査によれば犯人が外部から侵入した形跡がないこと、また被告主張のように原告の同僚の永井が現金を窃取された件について、その被害品のあり場所を知つていたのは原告のみであること等が前掲証拠により認められ原告の所為であることを疑わせるに相当な理由あるものということができるので、被告が原告にその嫌疑をかけたことも無理ではないといわざるを得ないのである。

次に証人葛谷平太郎の証言により成立を認められる乙第六号証の三と同証言とを綜合すると原告は昭和二十六年十一月頃被告の出入商人葛谷薪炭商をして薪十把(代金三百円)を被告学園宛に納入させながらこれを自己の取得とし被告学園においてこれを受領しなかつたので、葛谷がその代金を被告に請求したけれどもその支払を拒絶されたことが認められ、また、証人菅野幸同永井賢吾の各証言によれば原告は昭和二十五年春頃から被告学校の破損ガラスの修理等の用を弁じていたところ出入りの硝子商人と結托して硝子屋をして一枚につき十円ないし二十円高く代金を請求せしめてその差額分を領得していたことが認められる。

以上の認定に反する原告本人の供述は措信し難い。

しかして原告は被告学園の使丁である以上学校経営の目的に従い誠実にその職務を遂行することが要請されているものといわなければならないから、前記認定の被告の不正行為は被告に対する重大な背信行為と断ずべきであり、右事由を理由とした本件解雇の意思表示は労働基準法第二十条第一項但書後段の場合に該当するものと解するのが相当であつて、この点の被告の主張は理由があり原告の主張は採用できない。

二、原告は本件解雇の意思表示は前同条第三項の労働基準監督署の除外認定を受けないでしたものであるから無効であると主張する。しかしながら同条に定める除外認定は同条第一項但書に該当する事由の有無につき確認する処分であつて右に該当する事由があれば除外認定申請をなさず、また除外認定がなされなくとも即時解雇の効力が生じ、たゞ使用者が故意に申請を遅延させ或いは除外認定を受けることを拒否しようとした場合罰則の適用を受けることがあるに過ぎないものと解すべきであるから原告の主張は理由がない。

三、次に原告は本件解雇の意思表示は権利の濫用であつて無効であると主張するけれども前記のとおり本件解雇は原告の不正行為と原告に対する不信任とを理由としてなされたものであつて、故意に事実を捏造して解雇理由としたものということはできないし。また被告が借受けていた農地を地主に返還するについて原告の協力ないしは同意を得られなかつたことに対する報復的意図にのみ基づき、害意をもつて本件解雇の意思表示がなされたものと認むべき証拠はないから本件解雇は権利濫用として無効ということはできない。

してみれば本件解雇の意思表示は即時解雇の効力を生じたものと言うべきであるからその他の争点について判断するまでもなく原告の請求はすべて理由なくこれを棄却すべきものである。よつて訴訟費用は原告の負担とし主文のとおり判決する。

(裁判官 西川美数 綿引末男 高橋正憲)

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